「悪より救い出したまえ」 08.11.23
ルカ22:31〜34
人の弱さをご存知の主イエスは、「試みにあわせず悪より
救い出したまえ」と祈るように教えてくださいました。
最初の人であるアダムも、試みにあい罪を犯しました。
試みにあうまでは、神さまに従い自由に生きていました。
しかし、試みによって、罪に従う不自由な歩みになって
しまいました。人は試み(誘惑)に弱い存在であることを、
わきまえておくべきです。
「二種類の誘惑」といわれることがあります。右から富、成功、
権力といった豊かさが誘惑として迫る。それによって、神さまを
見失う。左から困難、痛み、貧しさという苦しみが誘惑として迫る。
それによって、神さまを讃美できず、離れ去る。「むなしいもの、
偽りの言葉をわたしから遠ざけてください。貧しくもせず、金持ちにも
せず、わたしのために定められたパンで、わたしを養ってください。
飽き足りれば、裏切り、主など何者か、と言うおそれがあります。
貧しければ、盗みを働き、わたしの神の御名を汚しかねません」
(箴言30:7〜9)と、信仰者は祈るのです。
「三種類の誘惑」といわれることもあります。
@肉の誘惑(自分の内から生まれる欲望)
Aこの世の誘惑(他者との関係の中からうまれる妬み、憎悪など)
Bサタンの誘惑(神から引き離そうとする働き)。
イエスさまは、ペトロがサタンの誘惑に負けないように祈られました。
大祭司の庭でペトロはイエスさまを知らないと三度言います。
イエスさまは、「知らないと言わないように」と祈られたのではありません。
「信仰がなくならないように」と祈ったのです。
信仰とは、イエスさまの十字架による罪の赦しを信じる信仰です。
その信仰によって立ち直るのです。
サタンの誘惑は、十字架を隠そうとします。「あなたの罪は赦されない」と
迫るのです。ペトロは、その誘惑の言葉より、「わたしの十字架を疑うな。
立ち直ったらよい」との主イエスの言葉に立ちました。
人は誘惑に出会いますが、主イエスに助けられ、励まされながら、
歩みを進めていくことができます。